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  • 執筆者の写真Yuto Shimoyama

メカニズムに基づく脱水素型クロスカップリング重合法の開拓

更新日:2020年6月4日


画像がぼやけていますね? 反応の中身とはこのようにはっきりしない場合が多くあります。私が対象とした脱水素型クロスカップリング反応という最先端の反応もまさにこの状態です。私はこのぼやけた状態を晴らすための研究を行ってきました。本研究の成果は「Mechanistic Study of Pd/Ag Dual-Catalyzed Cross-Dehydrogenative Coupling of Perfluoroarenes with Thiophenes」 というタイトルの筆頭論文としてACS Catalysisに掲載されました。以下に、研究背景と論文の要点を記しました。少し長いですが、興味のある方はどうぞ(私の解釈ですので、誤りがあればぜひ指摘をお願いいたします。)より詳しく読んでやってもいいかという方は、論文本体をお読みください。




 脱水素型クロスカップリング反応は、最も理想的なクロスカップリング反応です。ベンゼンに代表される芳香族化合物というのは安定で、ベンゼン環の炭素-水素の結合(C-H結合)を切ることは困難です。そのため、一般に一度反応しやすいパーツ(官能基)に置き換えてから反応に使わなければいけません。一方で、脱水素型クロスカップリング反応は、ベンゼン環のC-H結合をそのまま反応させるものです。つまり、官能基に置き換えるという過程がいらなくなり、反応・精製の回数を大幅に減らすこと

ができます。これが最も理想的といわれる理由です。

しかし、都合の良い話ばかりではなく、目的物以外がたくさんできてしまうという大問題があります。これは、実用化(商業レベルでの使用)を目指すうえで必ず乗り越えなければならない問題です。この問題の原因は単純ではありませんが、すごく大雑把に言ってしまえば次のようなものが挙げられます。

1.安定なC-H結合を切断しようとすると、目的の結合以外も切れてしまう

⇒C-H結合を切るためには、とても活性の高い(切る力の強い)触媒が必要です。しかし、その活性の高さゆえに、なんでもかんでも切ってしまうことがあります。


2.2つの反応点がどちらもC-H結合であるため、区別が難しい。

⇒これまでの反応では、異なる反応点を使っていたため、比較的簡単に区別できました。(切れやすさや反応の仕方が違うため)C-H結合同士では、その性質の差が小さいため区別が難しいのです。


3. 反応の自由度が高すぎて、コントロールが難しい

⇒少し専門的な話になりますが、従来のカップリング反応と脱水素型クロスカップリング反応には、化合物と触媒が反応するステップに大きな違いがあります。それは、化合物と触媒の反応ステップに酸化還元反応を含むかどうか です。(反応系によって例外はあります)従来のカップリングでは、酸化還元反応を含み、脱水素型クロスカップリング反応では含みません。つまり、化合物と触媒が中和反応によって反応します。この違いはとても大きいものです。

なぜなら

・酸化還元反応を伴う⇒化合物と触媒の反応で 触媒の価数(電子の数)が変わる

・中和反応のみで進行⇒化合物と触媒の反応で 触媒の価数(電子の数)が変わらない

からです。

 金属はとることのできる価数が決まっています。また、価数によって、触媒としての性質(結合を切る力、安定性など)が大きく変わります。つまり、酸化還元反応を伴うことで、触媒の価数変化が起こり、反応自体に制限がかかります。これによって、従来のクロスカップリングでは、ステップAでは反応Aだけが起こり、触媒の価数が異なるステップBでは反応Bだけが起こる という反応制限がかかって、結果的に反応のコントロールがしやすくなるのです。(これが全て、というわけではなくあくまで一因です。)一方で、脱水素型クロスカップリングでは、化合物と触媒が中和反応で反応します。つまり、2つの化合物が同じ価数の触媒と反応します。ですので、先ほど述べた反応制限によるコントロールが難しくなってしまいます。

Pdを用いた従来型のクロスカップリングの触媒サイクル Aryl(Ar,芳香族化合物)と触媒のパラジウム(Pd)の反応のステップでPdの価数が変化します。


Pdを用いた脱水素型クロスカップリングの触媒サイクル 化合物と触媒の反応がともに中和反応であり、同じ価数のPd触媒が化合物と反応することになる。


 このような原因で目的の化合物を選択的に得ることが難しいのですが、これまでの研究によってかなり改善されています。そのなかでも、反応がうまくいく代表例が本研究でも対象とした、パーフルオロアレーン(芳香環の電子が不足した化合物)とチオフェン類(芳香環の電子が豊富な雅号物)のAg塩を酸化剤とするPd触媒による脱水素型クロスカップリングです。この組み合わせはドナーーアクセプター型という組み合わせで、有機半導体として機能する分子が得られます。この組み合わせは実に不思議で他の組み合わせに比べ、はるかに良い選択性を示すことが数多く報告されています。

 当時の所属研究室でも、この系を応用して、より高難度なポリマー合成を報告しています。(https://doi.org/10.1021/acsmacrolett.7b00887 やhttps://doi.org/10.1016/j.synthmet.2019.06.014 )

 一方で、なぜこの組み合わせでうまくいくのか については詳しく調べられていませんでした。このように特異的に反応がうまくいく反応系の中身が分かれば、高い選択性を持つ脱水素型クロスカップリングの開発のヒントが得られると考えられます。そこで、私はこの反応のメカニズムを明らかにする研究を行いました。


 メカニズムの解明に向けては、これまでの先行研究を大いに参考にしています。この系のメカニズムは本研究で初めて詳細が分かったのですが、実は各論(メカニズムの一部を切り取ったパーツ)は既に報告がなされているものが多いです。(例えばhttps://doi.org/10.1021/jacs.6b04726 やhttps://doi.org/10.1021/acs.organomet.6b00437 など)最も古いものでは、1970年の論文までさかのぼります。(パーフルオロベンゼンとAgが反応すると特異的な安定性を持つ錯体ができるという論文 https://doi.org/10.1021/ja00726a054)しかし、これらを統合して、未知のメカニズムを明らかにすることは非常に重要な仕事だと私は考えています。

 本研究で明らかにしたメカニズムでは、これまで推定されてきたメカニズムに加えて、触媒が休んでいる状態(触媒休止種)の存在を明らかにしました。休止状態 というのは、一般にあまり好まれません。というのも、反応に直接関与しないので、反応を遅くするなど良くないことが起こる場合があるためです。しかし、パーフルオロアレーンとチオフェンの脱水素型クロスカップリングは、実はこの休止種のおかげうまくいっていることが分かりました。また、酸化剤のAg塩もPd触媒をリサイクルするという役割に加えて、パーフルオロアレーンのC-H結合を切ってPd触媒との反応を仲介するという非常に重要な役割を持つこともわかりました。

パーフルオロアレーンとチオフェン類のPd/Ag 2元系脱水素型クロスカップリング反応のメカニズム


本研究で明らかにしたメカニズムの要点は次のようなものです。

1. パーフルオロアレーンはAg塩によって、C-H結合が速やかに切断される

2. チオフェンはPd触媒によってC-H結合が切断される。(一番遅い律速段階

⇒なんとこの反応系では、2つの基質のC-H結合の切断するメカニズムが異なるのです。

これは、2つのC-H結合を判別して、かつ切断する順番も正確に指定するのに役立っています。

3.パーフルオロアレーンがPd触媒に2つついた触媒休止種がoff-cycleに存在する。

4.触媒休止種は反応サイクルに戻れる&パーフルオロアレーン同士のカップリングを起こさない

⇒Ag塩のおかげでパーフルオロアレーンは非常にはやく(室温でも混ぜるとすぐに!)Pd触媒と反応します。しかし、このままでは、パーフルオロアレーン同士が先に反応してしまいます。これを防いでいるのが触媒休止種です。


 このように、それぞれの要素がぴったりとかみ合った結果、本反応系は非常に優れた選択性を持つ脱水素型クロスカップリングとなっていることが分かりました。本研究で得られたこれらの知見は、類似の反応を開発、また反応系の応用を行う上で、大切な指針を与えてくれると考えています。

 なお、本論文には掲載していませんが、修士論文内では、本研究の結果に基づいて、脱水素型クロスカップリング重合の条件最適化を試みて一定の成果を得ています。(そのうち、その結果も日の目をみるといいなぁ)別の研究で知見が活かされればなによりです。

 

・おまけ 

ニッチな話ですが、本系では反応速度解析で興味深い結果が得られています。反応速度がパーフルオロアレーンに負の依存、塩基に対しては、添加すると急激に速度が下がり、しかし、増やしても変化しないのです。これは触媒休止種の存在によるものです。しかし、塩基についてはもう一段深いところまで掘り下げる必要があると私は考えています。塩基は反応の結果に大きな影響を及ぼしますが、実はその詳細な理由を解析した論文というのは非常に少ないです。(というのも解析がとても難しい&条件検討すれば済んでしまうからでしょう。)本系においても、掲載できていない、塩基に関係する実験結果は多数得られており、実は塩基も見逃されている役割があるのかもしれません。どなたかが解明してくれることを願います。(他力本願)


 最後に、修士課程の2年間(+早期研究)では 筑波大学大学院 神原・桑原研究室に所属し研究を行いました。有機半導体ポリマーと錯体・π共役分子が専門の研究室で、メカニズム解析という誰も行っていなかったテーマに取り組ませていただきました。(そして、これから先も誰も行わないかもしれない、悲しい)ご指導いただいた先生方およびラボメンバーに感謝いたします。



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